転職事例/出向・転籍・退職の場合

現役転職コンサルタントが執筆します。

はじめに/大変な時代

by tensyoku on 2014年4月2日

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勤めている企業に事業がなくなり、得意な仕事がなくなれば、ほかの企業に移籍して得意分野で実力を発揮する選択が賢明な時代となりました。

企業に残るための新たな職域開拓や職能開発には、たくさんの時間とエネルギーが必要です。しかし、それほど企業は寛容で面倒見が良いでしょうか?

私たちは文字通り大変な時代の転換期に遭遇しているのです。置かれた環境、立場、役割等は、巡り合わせであり試練なのだと達観するゆとりも必要でしょう。

こちらのサイトでは転籍や出向を契機に転職を決断された方の事例をご紹介していきたいと思います。

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高まる生き方への関心

by tensyoku on 2014年7月8日

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一度限りの人生だから悔いのないように、という言い方がよくされます。

「悔いのないように」のあとに来るのは、生きたいか、生きなさいのどちらかでしょう。

つまり「人生は一度限りなのだから悔いのないように生きたい」、あるいは「一度限りの人生を悔いのないように生きなさい」ということ。ただし後者については、「生きるべきである」「生きて当然である」「生きなければ意味がない」といったように、言い方はいろいろあります。

いずれにしてもこう対比したとき、これまでは、「生きたい」は少なく、「生きなさい」が圧倒的に多かったのではないでしょうか。生き方の問題は、もっぱら人生論として存在しており、そう生きたほうがよいでしょう、そう生きることを勧めますというように、いわば勧告や説諭としての性格を持っていました。

ところが、近年、その様相は大きく変わってきました。

人生をどう生きるかは自分の問題であり、他人からとやかく言われる筋合いのものではない。人生論を読んで済ませることがらではない。つまり、受け身の姿勢が一番いけないという認識が一般的となり、「生きたい」のほうが目立つようになってきました。それだけ、生き方の問題が、多くの人々にとって大きな関心事になっているということでしょう。

これまでにも、生き方の問題は確かに存在しました。でも生き方なんて言葉を口にすると、哲学を論じているとみなされ、書生じみていると言われるのがおちでした。

人生不可解なりの遺書を遺して華厳の滝から身を投げた藤村操、あるいはゲーテが書いた『若きヅエルテルの悩み』を例に出して、それは青年時代に固有のテーマとさげすまれておしまい。

よく勉強して上級学校へ進学し、会社に就職して真面目に勤めあげ、相応の役職を得てめでたく定年退職するという路線が、人生行路としてしっかり敷かれている。

改めて生き方なんてこと考える必要があるのだろうか、というわけです。

そういったコースを確実にたどることが、つまり「人生に悔いなし」ということでしたから、生き方をどうするかは発想の対象にすらならなかったようです。

仮に人生設計やライフプランニングということがテーマになったとすれば、それは、次のようなことでしょう。

第一は、どんな学校に進学し、どんな会社に就職し、どんなポストを射止めるかに関する設計であり、プランニングです。そして第二は、定年後における資金計画で、退職金や年金や貯金をどう運用管理していくかに関する設計であり、プランニングです。

しかしながら、今、関心を集めている生き方というのは、より広がりを待ったものであり、言ってみれば人間の生き方に関してもっと本質的な要素を含んだものと言えます。

では生き方への関心が、なぜ広く人々のあいだで高まるようになったのでしょうか。それには、二つの要因が、相互に絡みあって存在していると理解できます。

一つは、先に説明した人生行路が、今や確たるものではなくなったということ。それは特に就職してから定年までの道筋において明白です。いったん就社すれば定年までその会社に雇用されるという保証はなくなっていますし、順序を追って昇進することも、給与が毎年確実にあがるわけでもありません。

そのうえ、会社によっては、基金の積み立て不足のため退職金や年金が減額支給されかねない事態にまでなっているのです。線路がはっきりしない、運転手もいなくなりそうな列車に、人任せで乗り続けるわけにはいかなくなったということ。

いわば会社が頼れなくなった、人生を会社に託したままでは済まされないと多くの人が思うようになったということです。

もう一つは、会社に就職し、組織人として定年まで仕事に精を出すことだけが人生なのだろうかという思いを、多くの人々が心に抱くようになったことでしょう。

新聞に掲載されていた次のような書籍広告のメッセージ、すなわち、「ああ、人生悠々。夏はカナダ、冬はオセアニアに住む快適生活。ゴルフ、釣り、ジャズ、旅行、読書を堪能する日々。多面的に自己実現を成しとげた男のやり方。好きに生きてこそ人生だ」にふれて、自分の生き方の狭量さを思い知らされるサラリーマンも多いのではないでしょうか。

これはある著作の広告コピーですが、同書は7月の時点で25万部売れているとのこと。大きな話題である点は間違いないでしょう。

この隣には大平光代著『だから、あなたも生き抜いて』の広告が掲載されていますが、こちらはその時点で129万部を売り上げているそうです。

「中学二年のとき、いじめを苦に自殺をばかり、かろうじて一命をとりとめる。その後、非行に走り、極道の世界に身を置くまでになる。そして、現在のすばらしい養父と出会い、猛勉強の末、司法試験に合格。いま、非行少年の更正につくしている。凄絶の半世紀」というメッセージにふれて、中途半端ではない生き方、起伏に富んだ生き方、出直しのきく生き方の存在に思いが及び、そもそも生き方とは何かと思案する人々は、たくさんいることでしょう。

参考にしてみてください。

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転職事例8/苦い失敗を生かして

by tensyoku on 2014年6月12日

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「鶴見さんに会って、彼のような人のことを能吏というのだなと思いました。まさに仕事の虫です。彼には本当に感謝しています。彼がいなかったら今は何も進まなくなりますよ」と、出向元のフォロー担当者浜崎豪介に語るのは、出向先の経営者吉野幸信である。

鶴見俊次は58歳。30数年前化学会社に入社、約15年間人事関係業務、約15年間海外プロジェクトの企画・経営計画業務、その後イベント会社に出向し、総務人事関係業務を経験している。

このイベント会社への出向は、簡単に言えば企業文化の違いの大きさから1年足らずで終り、1年半前に現在の電動工具の部品製造・販売会社へ出向した。ここでは総務、人事、財務を担当している。

オーナーの古野は、一代で30年かけてこの会社を年商30億円、従業員120人の規模まで育てた。経営感覚の鋭い、忍耐強い経営者だが、規模の拡大につれて人材不足の悩みは膨らんでいった。

吉野社長は次のように考えていた。

「120人くらいまでなら、自分1人で細かいところまで目が届くが、5年後に売上100億円、従業員300人を目指す当社は、組織で行動することの必要性を痛感している。

組織を整備し、権限と責任を委譲したいと思っているが、ここで長年過ごしてきた人にそれを求めても無理がある。したがって、大手企業の中で組織で動くことを体験してきた人たちに各ポイントに入ってもらい、そうした行動がとれるようにみんなを指導してほしい」

鶴見は、この会社にまだ2年しか在籍していないが、文字通り社長の補佐役の立場で日々の仕事を進めている。

彼に言わせれば、「マニュアルもなければ、何もない会社だが、社長の経営方針、戦略、社長の掲げる目標をみんなにわかりやすく説明し、理解させ、元気よく仕事をしてもらうことが自分の役目だと考えている」そうである。

必然的に日々の細かい仕事から、中・長期経営計画の立案まで全部担当することになっている。

また月に一度は群馬、東北の工場を訪問、まさに東奔西走の活躍ぶりだが、ややオーバーワーク気味でもある。部下を教育して仕事を徐々にシフトしているが、時間はかかるようだ。

ただし社長自ら、中国はじめ東南アジアの各工場を月一回必ず訪問するなどハードスケジュールをこなしているので、鶴見もそうそう弱音は吐けない。それに疲労感はあるものの、一方で、これまでに感じられなかった充実感を味わっている。

会社の規模は小ぶりかもしれないが、社長を補佐し、まさに経営の実務を担当しているという自負があり、社長からも頼りにされていることが自覚できるからである。

「社長には経営者として見習いたいことが一杯ある。腹も据わっており勘も鋭く、判断が早い。人事はフェアーで、信頼できる人だと思っている」この社長と共にと、鶴見はそう考える。

彼は以前、ワンマン会長率いる、複雑な人間関係の会社に出向し、うまく対応できず短期間で出向元へ戻ったという苦い経験もあり、余計にこの思いは強い。

鶴見はときどき、昔の仕事仲間と飲む機会があるが、最近の仲間内の評判は、「今回は大丈夫だな。少し余裕も出てきたし、やっと終の棲家ならぬ『職場』を見つけたようだな」といった感じだ。

景気低迷が続き、短期間での体制強化はむずかしくても、彼は着実に目標に向かって前進している。

参考にしてみてください。

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