転職事例/出向・転籍・退職の場合

現役転職コンサルタントが執筆します。

はじめに/大変な時代

by tensyoku on 2014年4月2日

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勤めている企業に事業がなくなり、得意な仕事がなくなれば、ほかの企業に移籍して得意分野で実力を発揮する選択が賢明な時代となりました。

企業に残るための新たな職域開拓や職能開発には、たくさんの時間とエネルギーが必要です。しかし、それほど企業は寛容で面倒見が良いでしょうか?

私たちは文字通り大変な時代の転換期に遭遇しているのです。置かれた環境、立場、役割等は、巡り合わせであり試練なのだと達観するゆとりも必要でしょう。

こちらのサイトでは転籍や出向を契機に転職を決断された方の事例をご紹介していきたいと思います。

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人生を享受する姿勢

by tensyoku on 2015年4月7日

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豊かな人生、充実した生き方を目指すといっても、本人の主体的取り組みを欠いては実現は不可能なはずです。これまでわれわれは、自分の人生に対してどれほど主体性を発揮してきたでしょうか。

さてそこで、次のような10の設問に回答してください。ご自分の日常生活をふりかえって、以下のような五段階で評価してください。

+2 そうである そう思う
+1 ほぼそうである ほぼそう思う
 0 どちらでもない 
-1 あまりそうでない あまりそう思わない
-2 そうではない そう思わない

1.自分の将来に対して、夢と希望を持っている(   )
2.人生に悔いを残さないよう、日々を有意義にすごしている(   )
3.人生での可能性を求め、いろいろなことにトライしてみたい(   )
4.慣習や因習に囚われず、明日に向けてのびのび生活している(   )
5.自分の人生や生き方には、誇りと自信を持っている(   )
6.ときどきに経験する試練や難関は、人生の一里塚と心得ている(   )
7.人生は、自分の責任で切り拓いていくものと認識している(   )
8.人生や将来への生き方について、一定のビジョンを持っている(   )
9.生涯やっていきたいライフワークを持っている(   )
10.信念をしっかり持って生きていきたいと思っている(   )

さかのぼって、「自分の人生に対して主体性を発揮する」とはどういう意味でしょうか。

ここでは、その意味を三つの要素から捉えていますが、その第一は「人生享受の姿勢」です。生きることに意義を見出し、存分に生きてみようというマインドのことです。

もうちょっと内容を補って表現すれば、人生享受の姿勢とは「人生への抱負を抱き、自分の人生を豊かなものにし、大いにエンジョイしようという生活への前向きな態度」のことです。

こういった心の構えが、人生への主体性発揮(人生に主体的に取り組むこと)の礎になるという考え方です。

先に、自分の人生には自己責任原則をもって臨み、主体的な努力は不可欠なことを確認したいと書きましたが、これも「人生享受の姿勢」に支えられてはじめて現実のものとなります。

さて、先にリストアップされた10項目は、全てこの「人生享受の姿勢」に関連したものですが、あなたは、どれほどそれらの要件を充たしているでしょうか。

(イ)まず、+2、+1、0、-1、-2がそれぞれいくつずつかを教えてあげてください。
       +2=  +1=  0=  -1=  -2=
  
(ロ)次いで+2、+1、0、-1、-2という区分ごとの点数(小計)を出してください。
       +2= 点 +1= 点、合計  点(A)
       -1= 点 -2= 点、合計  点(B)

(ハ)続いて、合計点(A)と合計点(B)を合算し、トータル得点(C)を出してください。これが大きくプラスになることが期待されますが、結果はどうでしょうか。
       プラスの合計点(A)とマイナスの合計点(B)の合算=  点(C)

この10項目のすべてが「+2」であれば、「人生享受の姿勢」は十分すぎるほど十分ということになります。せめて6項目ぐらいはそうであってほしいところですが、逆に「-2」と「-1」は、ともにゼロであってほしいものです。

そもそも、人生とは享受に値するものなのかどうか。宗教家であれば別ですが、「値する」と自信を持って回答できる人はどれほどいるのでしょうか。

こういった問いかけをする人、回答しようとする人自体が少ないのではないでしょうか。

ついに生きがいを見出せず、失意のうちに亡くなった人はどれだけいることでしょう。

そういった人々から見ると、人生は享受に値しない、享受の対象にはなりがたいということになるでしょう。

世間には、一見して「すねている」と思われる人がいます。大きな失敗をしてしまったとか、何をやってもうまく行ったためしがないというこれまでの生活経験を通して、人生どうにでもなれという気分になっているのでしょう。

人生を享受しようなどとはつゆ思わず、したがってキャリアーディベロップメント等という発想はまったくないのでしょう。

しかしながら、人生享受の姿勢を持っているほうが、生きがいにはより手が届きやすいのではないでしょうか。

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自分の人生に対して主体性を発揮してきたかどうか

by tensyoku on 2015年3月3日

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中村修二氏は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に新任教授として着任しました。ノーベル賞に輝いたことも記憶に新しいですが、99年の1月までは、徳島の中小企業である日亜化学工業に勤めるサラリーマン技術者でした。

彼は、世界規模の研究センターや大企業の研究チームがいくら頑張っても開発することができなかった青色LEDやレーザーダイオードを、独自の方法でつくりあげてしまったのです。生涯研究の地にアメリカの大学を選び、それを土台にしてさらに大きく羽ばたこうとしているのです。

ここへ来るまでの道のりは、しかしながら平坦ではありませんでした。研究費や実験設備が行き届かない、しかも「売れるものをつくらないで、無駄飯を食っている」という中傷が聞こえる環境の中で、半ばヤケになって開き直るところまで追いつめられる状況もあったといいます。

ですから、一年間のフロリダ大学への留学中、ただただ研究に明け暮れたのです。

「私は日本へ戻り、研究者だちからはそっぽを向かれていた窒素ガリウムを発光ダイオードの素材に選んだんです。窒素ガリウムという結晶は欠陥だらけでしたから、絶対に光らないと信じられておりました。私はそんな材料をあえて素材として選びました。ほかの研究者たちはセレン化亜鉛を選んでいたので、私は同じことをしたくない、ただそれだけの理由だったのです。」

「自分で組み立てていく理論を実証するには、試行錯誤の繰り返しでした。せっかく改良した装置も爆破させてしまったり、失敗を繰り返しながら次のステップにつなげていったのですが、その過程には常にわずかな可能性が見えておりました。そこを進めば、道が開けていくのではないかという強い思い込みがあって、それがわずかに見え隠れする可能性への期待を支えてくれたのです。」

このように中村氏は、自分の人生には自己責任原則をもって臨み、主体的に取り組みました。このケースからも明らかなように、人生への主体的なアプローチが不可欠です。その意味するところを吟味したうえで、改めて確認しなければならないことがあります。

それは、これまでわれわれは、自分の人生に対して主体性を発揮してきたかです。人生に対してどれほど主体的に取り組み、主体的な努力をしてきたかという点です。

たとえば人生にもビジョンが必要だなどということを、われわれはどれほど強く意識していたでしょうか。

自分の個性や持ち味を、どれくらい生かしてきたでしょうか。あるいは、そのことにどれほどこだわってきたでしょうか。

豊かな人生、充実した生き方を目指すといっても、本人の主体的取り組みを欠いては実現は不可能なはずです。これまでわれわれは、自分の人生に対してどれほど主体性を発揮してきたでしょうか。

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自分の人生に自己責任原則と主体的な努力を

by tensyoku on 2015年2月3日

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人生とは結果であり、足跡として後に印されるという性格を色濃く持っています。

思い通りにはならないから、成り行きに任せて済ませる、ということではないわけです。責任を持つとは、言葉を替えれば、主体的な努力は不可避だということです。

では、自分の人生やキャリアに責任を持つとは、具体的にはどういうことでしょうか。

それほど体系だったことは述べられませんが、まず、ビジョンを持つこと。人生ビジョンないしキャリアビジョンを描くことなしには、豊かなキャリアを築き、人生を成功裏に生き抜くということはむずかしいでしょう。羅針盤を欠いた、心意気を感じさせないような航行で、人はどれはどの充足感をわがものにできるでしょうか。

次いで、描いたビジョンの実現に向けて、施策をめぐらし、行動を起こすこと。その前提としてビジョンを目標に落とし込むことが要請されますが、目標の達成には資源の調達と、それの効果的な配分と投入とが不可避です。資源としては、中でも能力的資源ならびに関係的資源が重要となります。

能力的資源とは、主として職業的能力にかかわる知識と技術であり、これはもっぱら学習と訓練を通じて獲得することになりましょう。関係的資源とは、主として人的ネットワークを指し、関係者との密なる相互作用と交流を通じて得られる情報と支援は重要です。

さらには、時間的な間隔を考慮し、人生の節目節目でふりかえりを行うことです。来し方をふりかえり、成果のほどを確認しつつ、内省をし反省をしていく。このこと自体、よき人生勉強の機会となるはずですが、また動機づけの契機ともなることでしょう。

この過程では、当然のことながら、軌道修正も行われることになります。

人生行路やキャリア形成に関する主体的なアプローチとは、マネジメントサイクル論を援用すれば、今、述べたようなことになります。

ただしマネジメントサイクル論を援用したからといって、人生やキャリアはマネジメントできるとか、したがってマネジメントしなさいと言っているわけではありません。

それを言うのが本旨ではありません。繰り返しになりますが、自分の人生には自己責任原則をもって臨み、主体的な努力は不可欠であるということを確認することにしたい、ということです。

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自立に向けて自分をふりかえる

by tensyoku on 2015年1月6日

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人生とは結果であり、足跡として後に印されるという性格を色濃く持っています。

そもそも、その行路を自分で詳細に描き切ることがむずかしいのですが、自ら描いた人生行路をそのとおりに歩み切るというようなことは、至難の技としか言い様がありません。

むろん中には、それをやってのける人がいないではありません。現役で難関と言われる大学に入り、在学中に外交官試験に合格し、駐英公使、情報文化局長、外務次官を経て駐米特命全権大使になるという、若き頃に描いた人生デッサンを地でいったような人も中にはいます。

きっかけは母親の意向に従ったまでのようですが、四歳からピアノを習いはじめ、東京芸術大学を卒業してオーストリアに留学。その間に、難関のチャイコフスキー音楽コンクールで優勝をはたし、世界を舞台に演奏活動をするという夢を、何の苦もなげにやってのけているピアニストもいます。

身の回りにも、これぞ人生行路の勝利者、人生キャリアの達人と等しく崇められる人が、いないことはありません。問題は、それが自分の描いたキャリアーデザイン通りだったのかどうかです。必ずしもそうでなく、結果としてそうなったということかもしれません。

現代は、基本的には業績本位社会です。したがって、人生における成功は、基本的には本人の能力と努力のなせる業ということになります。経済的、学歴的、職業的等の社会的地位は、いずれにしても当人が自ら成し遂げた業績です。課長、部長、役員という企業内地位にしても、それは同様です。

ただしわれわれの行動は、環境との相互作用を通してなされますし、結果は行動舞台の諸条件に左右されます。

行動の舞台は、予期せざる方向に変化するものです。たとえば90年代に入って、右肩上がりの経済成長はまず困難となり、IT革命と経済のグローバリゼーションは急速に進行することになりました。かくして企業のダウンサイジングは余儀ない経営戦略になり、ビジネスマンに要請される職業的能力はこれまでとすっかり変わってしまいました。

かかる事態に遭遇して、多くのビジネスマンは思いを深くし、心を傷めたはずです。職業生活はままならない、ライフプランニングは大きく狂ってしまった、と。人生はコントロールできない、自分の力が及ぶにも限度があるということを、この10年間で多くのビジネスマンが実感したことでしょう。

しかしながら、人生や職業に対する本人のコントロールという問題は、制御が可能であるかどうかにポイントがあるのではありません。外的な影響に目配りする、環境の変化を洞察するということを含めて、「自分の人生やキャリアには、自分か責任を持つ」という意昧合いのものとして受け止めることが重要なのです。

つまり、思い通りにはならないから、成り行きに任せて済ませる、ということではないわけです。責任を持つとは、言葉を替えれば、主体的な努力は不可避だということです。

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豊かなキャリアとは

by tensyoku on 2014年12月2日

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かつてアメリカの職業心理学者D・スーパーは、生涯を通じて人には八つの役割があると述べています。

息子ないし娘、学生(学ぶ人)、職業人、配偶者、家事遂行(ホーム・メーカー)、親、余暇を楽しむ人、市民というのがそれです。

これをスーパーは「ライフ・キャリア・レインボー」と名づけました。いわば人生行路(ライフ・キャリア)に懸かった虹というわけですが、年齢的には、息子ないし娘としての役割が0歳から60歳頃まで、職業人としての役割が18歳頃から65歳頃まで、余暇を楽しむのは18歳頃から死ぬまでとされ、配偶者としての役割が20歳頃から死ぬまでというように規定されています。

いずれにしても、われわれは、生きていく中でいろいろな役割をこなすように要請されている点を、ここでは銘記しておきたいと思います。

社会学者のS・ハンセンは、家庭における役割から社会における役割まで、人生の役割をすべて含むものとしてキャリアという概念を提起しましたが、そのキャリアを構成する人生の役割とは何か。

それは労働(仕事)、愛、学習、余暇の四つである、とハンセンは明言しました。しかもハンセンは、この四つが統合されている点を強調します(Hansen L.S,Integrative Life Planning,1977)。

労働から開放された、仕事をしていない時間が余暇であるといったように、労働と余暇を峻別する考え方には、早くから疑問が提示されています。

同様に、生涯学習という用語の登場につれて、学習と余暇とは同一にカテゴリー化され、また愛を欠いては仕事も学習も余暇も未消化に終わる。キャリアという概念に則して人生や生き方を考察するなら、仕事は、生活や人生の中でそれだけが切り離された特別なものではない点を、ここで改めて確認しておきたいと思います。

虹を見て美しいと思わない人はいないでしょう。ただし、虹は所詮は夢の架け橋であり、そうしばしば目にすることはできないと多くの人は思います。

愛も学習も余暇も、仕事と同じように大事だと頭の中では考えつつも、多くの日本のビジネスマンにとって生活の中心に配置されているのは仕事。いや人生さえも、これすべて仕事で埋め尽くされかねません。少なくともこれまではそうであり、七色の輝きというわけにはいきませんでした。

ワーカホリックや過労死という現象が社会問題となりましたが、会社人間、組織人間、仕事人間という言葉で日本のビジネスマンが形容されることに、そのことはよく表れています。

いわば「一色刷り」の人生になっているということです。しかしそのことに、実はビジネスマン自身は気づいていないかもしれません。ビジネスマン一般ではなく、あなた自身のことを問題にしているのですが、さていかがでしょうか。

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