転職事例/出向・転籍・退職の場合

現役転職コンサルタントが執筆します。

はじめに/大変な時代

by tensyoku on 2014年4月2日

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勤めている企業に事業がなくなり、得意な仕事がなくなれば、ほかの企業に移籍して得意分野で実力を発揮する選択が賢明な時代となりました。

企業に残るための新たな職域開拓や職能開発には、たくさんの時間とエネルギーが必要です。しかし、それほど企業は寛容で面倒見が良いでしょうか?

私たちは文字通り大変な時代の転換期に遭遇しているのです。置かれた環境、立場、役割等は、巡り合わせであり試練なのだと達観するゆとりも必要でしょう。

こちらのサイトでは転籍や出向を契機に転職を決断された方の事例をご紹介していきたいと思います。

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会社員は職業?

by tensyoku on 2015年8月4日

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企業に就職するというのは、現代社会では、生き方や働き方として、もっとも一般的なものです。

企業に雇用され、会社員として勤務するのは、先進諸国における働き方の標準になっています。現代における働き方の基本類聖とも、典型とも言ってよいでしょう。

働き方は、日常的レベルにおける人々の生活の仕方やライフスタイルに、大きな影響を与えます。ところがその影響は、この段階にとどまりません、その人の生き方を規定し、その人の生涯にわたる生活、いわば生き方や人生のあり方に対して影響を及ぼします。概して、生き方は働き方とともにあるからです。

この場合に働くとは、収人を得られる什事をし、それによって生計を立てていく労働に従事することを指します。要するに、職業活動に従事するということです。職業が、単に収入を得るための仕事や労働ではないという点については後に言及することになりますが、それにしても職裳として中心的な比重を占めるのは、今日では、会社員としての職業でしょう。

その職業は、企業に雇用され、企業のために働き、企果から経済的服酬を得ることによって成り立っています。

はてしかし、会社員は職業なのでしょうか。

むろん職業分類に、会社員という職業名は登場していません。日本には公的な職業分類として、日本標準職業分類と厚生労働省編職業分類という2つがあります。分類の適用単位は、前者は個人、後者は職務ですが、いずれも「仕事の類似性」に基づいて分類しています。

しかし会社員は、「仕事の類似性」として括られたわけではなく、勤務先の類似性(勤務場所が企業であるということ)で括られたもの。しかも企業にはいろいろあるわけですから、その括り方は厳密なものではなく、呼称にすぎません。

職業というと、その名称を通じて、仕事の内容や性格が浮き彫りになるのがふつうです。

それに資格要件が加われば、職業ガイダンスとしての役割が果たされることになります。

日本労働研究機構は、厚生労働省編職業分類に堪づいて職業名解説を刊行していますが、その中の「スポーツ審判員」に目をとめると、次のように記繊されています。

1.各種のスポーツ競技会・スポーツ興業試合の審判員(アンパイヤー・レフリー・司会など)として報酬を受け、ゲームの進行、判定をつかさどる。

2.野球、競馬、競輪、競艇、もしくは相撲その他、特定のスポーツゲームの進行をつかさどり、規則に基づいて競技行為の当否の判定を行い、勝者や順位を決定したり、争点に関する判定を行う。

3.専門とする競技の規則に精通していることが要求される。関係スポーツの審判員資格認定制度による認定を受け、関係団体に登録しなければ従業できない。

4.各種スポーツ競技団、興業団に所属している。

仕事に関するこういった定義や解説は、企業の場合、それぞれ傘下の職務や職能や職種について文章化され制度化されています。しかしそういった職務や職能や職種の特定の一つを、人が継続して担当しているわけではなく、会社貝にとってはローテーションこそが常態です。

職業とは、継続してなされる点も要件の一つとなっています。

国勢調査の職業分類は日本標準職業分類がベースになっていますが、そこでは別に、「社会経済分類」にしたがった区分がなされています。

全人口について、その経済的な特性とあわせて社会的な特性をも組み込んで分類区分しようという趣旨で統計化されています。

ここにも会社員という項目は登場しませんが、会社員というのは、一つの社会経済分類(社会集団、社会層)と捉えるのが適切でしょう。

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人生を主体的に生きる

by tensyoku on 2015年7月7日

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これまでは、主として会社員ないしビジネスマン、サラリーマンに焦点をあてて論述を進めてきましたが、人生で主体性を発揮するとは、誰に対しても要請されることです。

人生に対して主体的にアプローチすることなしには、誰の場合も、先ゆきの豊かな人生など保証されることはないはずです。

これからは、誰も「自分なりの世界観を築き、有意義に人生を生きようとする主体人間」であることが要請されるのです。

すでに述べたとおりですが、ここで主体性とは、次の3つの要素によって概念化されています。

A.人生享受の姿勢:人生への抱負を抱き、自分の人生を豊かなものにし、大いにエンジョイしようという生活への前向きな態度

B.生存意義の探求:生きることの意味を追求し、自らの使命や役割をそこに見出す

C.個性の発揮:自分なりの世界観と健全な思想を持ち、固有の存在性を確立する

主体とか主体性という言葉には、なんとなし哲学的な香りがついてまわります。

難解な専門用語という感じがしないでもありませんが、ここでは「行為を起こし、自ら働く発動者」といったほどの意味として使います。

人間は誰も「意識と身体を持った存在者」には違いないのですが、ただ単に存在するのではなく、自らの発意で行為し、意図の実現に向けて実践する存在という点に着目した考え方です。

そもそも主体という概念は、個人の主体的な思考と行動を回復しようという自己主張と絡みあって提起され、近代市民的個人の確立を課題として登場した概念です。

英語でいえば「subject」ですが、これには主観、自我、実体という語意のほか、「主語」という意味があります。

その主語という意味あいに、この際大いに注目しておきたいと思います。

日本語は主語を欠いている場合が多く、行為の主体や責任の所在が不明瞭になっているとよく言われます。

誰が、どんな目的のために、何をするのか。これからの日本社会においては、これをはっきりさせることが不可欠です。

企業人もまた、主語のある日本語を使うようにすることが必要でしょう。

こういう人々こそ、文字通り「個意識にめざめた人間」と言ってよいでしょう。自分をしっかりと確立しているわけですが、それは「人間としての大切な基準」に支えられ、「広く地球規模の幸福」を展望できる素養と関連します。

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個性を発揮する

by tensyoku on 2015年6月3日

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引き続き、次のような10の設問に回答してください。これまでの10問と同様に、以下のような5段階で評価してください。

+2:そうである 
+1:ほぼそうである 
0:どちらでもない
-1:あまりそうでない
-2:そうではない

21.生きていくうえで、自分なりの使命や役割があると自覚している (   )
22.自分が是非やりたいことに、時問と金を重点的に配分している (   )
23.自分の潜在可能性を、フルに発揮するよう日々努めている (   )
24.時に、新しい自分を発見して驚くことがある (   )
25.どんなテーマについても自分の考え方をはっきりさせている (   )
26.自分の生きがいが何であるかを自覚している (   )
27.自分を尊垂し、自分を大切にしている (   )
28.自分の志を、大事に育くみふくらませている (   )
29.自分自身、個性的でありたいと願っている (   )
30.日々自分の生き方に添って生活している (   )

人生における主体性の発揮は、個人としての自己が確立することをもって、最終段階を迎えます。

生きることに意義を見出し、生きることを味わってみようと心に決めたら、いよいよ実践・実行です。人生享受への船出と言ったらよいでしょうか。

ここで「個人としての自己の確立」とは、第一には自己を確認すること、第二には個性的にふるまうことを意味します。

このうち「自己を確認する」とは、自分の性格や能力、あるいは人生の目標や生きがいを自認するということです。まことにむずかしいことであり、どこまでいっても完全になど知り得ないものでしょうが、知る努力はしてみる、ということです。

設問に則して言えば、自分の物の考え方、自分かやりたいこと、自分の潜在可能性、自分の生きがい、そして生きていくうえでの自分なりの使命や役割等を確認するということです。

また「個性的にふるまう」とは、確認された自己を表現していくということです。社会生活で心面する事柄について自分なりの考え方をはっきりさせ、自分が是非やりたいことに時間と金を重点的に配分し、自分の潜在可能性をフルに発揮するように努めることです。

その過程では、自分を尊重し、自分を大切にして、自分の志を大事に育てていくことも不可欠となります。そのような行動を通して、時に、新しい自分を発見して驚くことがあるはずです。

いずれにしても「個人としての自己の確立」には、個性的であることはよいことだと考え、白分自身もまた個性的でありたいと願う気持ちを持つことが前提となりましょう。

これが、他人の考え方や個性をも大事にし、自分とは異なるかもしれない他人の思考と行動に対して寛大であることとセットである点は、言うまでもありません。

自分なりの世界観と健全な思想を持って固有の存在性を確立する、口々自分の生き方に添って生活することを通して、個人としても自己は確立されることになるのです。

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生存の意義を探求する

by tensyoku on 2015年5月5日

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続いて、次のような10の設問に回答してください。ご自分の生活をふりかえって、先の10問と同様に、以下のような5段階で評価してください。

+2よくそうする
+1時々そうする
0どちらでもない
-1あまりそうしない
-2ほとんどそうしない

11.人間らしさとは何か、人間性の本質とは何かについて熟慮する(   )
12.人間にとって社会とは何か、人間は社会とどうかかわるかについて考える(   )
13.豊かに生きるとか、充実した人生とはどういうことかについて思案する(  )
14.生きていくうえで、人が大切にすべきことは何かについて思索する(   )
15.人生で実現すべきこと、追求したいことは何かと自分に問いかける(   )
16.歴史上の人物や先人たちの自叙伝、あるいは伝記を読む(   )
17.人生論や生き方に関する書物を読んだり、講演会に出かける(   )
18.自分の性格特性や興味・趣向を知るためにテストを受けたりする(   )
19.自分の個性や持ち味を探す(   )
20.いろいろな人の、多彩な生きざまについて研究する(   )

よく、「生かされている」という言い方がされます。その意味するところは、深く浅くいろいろと読み取ることができるでしょう。

一般には、「自分一人で生きている、生きてきたと認識しているとしたら、それは大きな間違いだ。多くの他人の助け、地域や社会や自然界の支援に支えられて生きることが可能になっていると知るべきである」という捉え方のようです。

事実そのとおりですが、あわせて、こういった謙虚な姿勢こそ生きるうえで大切な心根だという指摘は十分に噛みしめなければなりません。

ただし、「生きる」に対する「生かされる」、つまり積極性に対する受動性としての意味合であれば、話はまた別のこととなります。

すでにお気づきのとおり、ここでの主題は「人生における主体性」の発揮にあります。人生行路をコントロールすることはできないにしても、生き方への主体的な取組みは不可欠であるという捉え方が、ここでの認識の出発になっているからです。

それは「人生をよりよく生きる」という視点からですが、こういった立場に立つとき、個人にとってまず大切なのは「人生享受の姿勢」です。しかし、これで済むわけではありません。これに加えて、「生存意義の探求」が不可欠となりましょう。

ここで生存意義の探求とは、生きることの意味を追求し、人生の意義を探るという意味です。人生にどんな意味があるのか、生きるかい、なるものがあるのかどうか、それは必ずしも判然としません。しかしながら、われわれは生かされているのであって、人生に意味だとか意義だとかいったものはないといった捉え方を、ここではしていません。

判然としないというのは、人生に意味や意義がないということではなくして、捉え方は人によって異なり、一人ひとり違っているという意味なのです。

もっと言えば、人生の意義や生きるかいは、自分で探し当てるものだということでしょうか。

発見するもの、つくり出すものと言ってもいいでしょう。そういった主体的なアプローチを、人生に向けて、われわれはやってきているかどうか、どれはどやってきているか。そのことを、この10問は問うているのです。

そうしたことを通して、自らの使命や役割をそこに見出すことができれば、望外の幸せというものでしょう。

一般論として、人生の意義や生きるかいを了解し得たにしても、それだけでは、人生への強い動機づけにはなりません。私の生きるかい、私にとっての生きる意義はこうであるという了解、いわば会得が大切ではないでしょうか。

そこまでを「生存意義の探求」の意味として捉えると、その意味は「生きることの意味を追求し、自らの使命や役割をそこに見出す」ことになります。

10問のうち最初の5問(問11~15)は、人生や生きることに関する基本テーマについて、「哲学をしているかどうか」への問いかけです。

人生の基本テーマが何かについては、諸説がありますし、結論を出すのは容易なことではありません。

ですが、人間の基本的性格(人間性)、社会の基本的性格、ならびに人間と社会とのかかわり方は、人生論としてははずせません。

そのうえで、生き方に関する価値観や人生の目的などが重要なものとして取り出せるはずです。

残りの5問(問16~20)は、人生の意義を探求することを、具体的にどんな手段について、どれほどやっているかと尋ねた設問です。

歴史上の人物や偉人たちの自叙伝や伝記は、多くの人が子どもの頃に読むものですが、大人になっても読んでいるかどうか。

また、自分の性格特性、あるいは個性や持ち味を探す努力も、多くの人によってなされるでしょう。

研究するところまでいくかどうかは別にして、雑誌や書物を通して、いろいろな人のいろいろな生きざまについて知ることは楽しいものです。

さて記入がすんだら、先の「人生享受の姿勢」の場合と同じようにして、回答の分布状況を分析し、+2、+1、0、-1、-2が、それぞれいくつずつかを数えあげ、得点の合計を計算してください。

これが大きくプラスになることが期待されますが、結果はどうでしょうか。

数字をながめながら、「生存意義の探求」に向けた主体的な努力を、これまでどれほどやってきているか確認してみてください。

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人生を享受する姿勢

by tensyoku on 2015年4月7日

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豊かな人生、充実した生き方を目指すといっても、本人の主体的取り組みを欠いては実現は不可能なはずです。これまでわれわれは、自分の人生に対してどれほど主体性を発揮してきたでしょうか。

さてそこで、次のような10の設問に回答してください。ご自分の日常生活をふりかえって、以下のような五段階で評価してください。

+2 そうである そう思う
+1 ほぼそうである ほぼそう思う
 0 どちらでもない 
-1 あまりそうでない あまりそう思わない
-2 そうではない そう思わない

1.自分の将来に対して、夢と希望を持っている(   )
2.人生に悔いを残さないよう、日々を有意義にすごしている(   )
3.人生での可能性を求め、いろいろなことにトライしてみたい(   )
4.慣習や因習に囚われず、明日に向けてのびのび生活している(   )
5.自分の人生や生き方には、誇りと自信を持っている(   )
6.ときどきに経験する試練や難関は、人生の一里塚と心得ている(   )
7.人生は、自分の責任で切り拓いていくものと認識している(   )
8.人生や将来への生き方について、一定のビジョンを持っている(   )
9.生涯やっていきたいライフワークを持っている(   )
10.信念をしっかり持って生きていきたいと思っている(   )

さかのぼって、「自分の人生に対して主体性を発揮する」とはどういう意味でしょうか。

ここでは、その意味を三つの要素から捉えていますが、その第一は「人生享受の姿勢」です。生きることに意義を見出し、存分に生きてみようというマインドのことです。

もうちょっと内容を補って表現すれば、人生享受の姿勢とは「人生への抱負を抱き、自分の人生を豊かなものにし、大いにエンジョイしようという生活への前向きな態度」のことです。

こういった心の構えが、人生への主体性発揮(人生に主体的に取り組むこと)の礎になるという考え方です。

先に、自分の人生には自己責任原則をもって臨み、主体的な努力は不可欠なことを確認したいと書きましたが、これも「人生享受の姿勢」に支えられてはじめて現実のものとなります。

さて、先にリストアップされた10項目は、全てこの「人生享受の姿勢」に関連したものですが、あなたは、どれほどそれらの要件を充たしているでしょうか。

(イ)まず、+2、+1、0、-1、-2がそれぞれいくつずつかを教えてあげてください。
       +2=  +1=  0=  -1=  -2=
  
(ロ)次いで+2、+1、0、-1、-2という区分ごとの点数(小計)を出してください。
       +2= 点 +1= 点、合計  点(A)
       -1= 点 -2= 点、合計  点(B)

(ハ)続いて、合計点(A)と合計点(B)を合算し、トータル得点(C)を出してください。これが大きくプラスになることが期待されますが、結果はどうでしょうか。
       プラスの合計点(A)とマイナスの合計点(B)の合算=  点(C)

この10項目のすべてが「+2」であれば、「人生享受の姿勢」は十分すぎるほど十分ということになります。せめて6項目ぐらいはそうであってほしいところですが、逆に「-2」と「-1」は、ともにゼロであってほしいものです。

そもそも、人生とは享受に値するものなのかどうか。宗教家であれば別ですが、「値する」と自信を持って回答できる人はどれほどいるのでしょうか。

こういった問いかけをする人、回答しようとする人自体が少ないのではないでしょうか。

ついに生きがいを見出せず、失意のうちに亡くなった人はどれだけいることでしょう。

そういった人々から見ると、人生は享受に値しない、享受の対象にはなりがたいということになるでしょう。

世間には、一見して「すねている」と思われる人がいます。大きな失敗をしてしまったとか、何をやってもうまく行ったためしがないというこれまでの生活経験を通して、人生どうにでもなれという気分になっているのでしょう。

人生を享受しようなどとはつゆ思わず、したがってキャリアーディベロップメント等という発想はまったくないのでしょう。

しかしながら、人生享受の姿勢を持っているほうが、生きがいにはより手が届きやすいのではないでしょうか。

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