転職事例/出向・転籍・退職の場合

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転職事例8/苦い失敗を生かして

by tensyoku on 2014年6月12日

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「鶴見さんに会って、彼のような人のことを能吏というのだなと思いました。まさに仕事の虫です。彼には本当に感謝しています。彼がいなかったら今は何も進まなくなりますよ」と、出向元のフォロー担当者浜崎豪介に語るのは、出向先の経営者吉野幸信である。

鶴見俊次は58歳。30数年前化学会社に入社、約15年間人事関係業務、約15年間海外プロジェクトの企画・経営計画業務、その後イベント会社に出向し、総務人事関係業務を経験している。

このイベント会社への出向は、簡単に言えば企業文化の違いの大きさから1年足らずで終り、1年半前に現在の電動工具の部品製造・販売会社へ出向した。ここでは総務、人事、財務を担当している。

オーナーの古野は、一代で30年かけてこの会社を年商30億円、従業員120人の規模まで育てた。経営感覚の鋭い、忍耐強い経営者だが、規模の拡大につれて人材不足の悩みは膨らんでいった。

吉野社長は次のように考えていた。

「120人くらいまでなら、自分1人で細かいところまで目が届くが、5年後に売上100億円、従業員300人を目指す当社は、組織で行動することの必要性を痛感している。

組織を整備し、権限と責任を委譲したいと思っているが、ここで長年過ごしてきた人にそれを求めても無理がある。したがって、大手企業の中で組織で動くことを体験してきた人たちに各ポイントに入ってもらい、そうした行動がとれるようにみんなを指導してほしい」

鶴見は、この会社にまだ2年しか在籍していないが、文字通り社長の補佐役の立場で日々の仕事を進めている。

彼に言わせれば、「マニュアルもなければ、何もない会社だが、社長の経営方針、戦略、社長の掲げる目標をみんなにわかりやすく説明し、理解させ、元気よく仕事をしてもらうことが自分の役目だと考えている」そうである。

必然的に日々の細かい仕事から、中・長期経営計画の立案まで全部担当することになっている。

また月に一度は群馬、東北の工場を訪問、まさに東奔西走の活躍ぶりだが、ややオーバーワーク気味でもある。部下を教育して仕事を徐々にシフトしているが、時間はかかるようだ。

ただし社長自ら、中国はじめ東南アジアの各工場を月一回必ず訪問するなどハードスケジュールをこなしているので、鶴見もそうそう弱音は吐けない。それに疲労感はあるものの、一方で、これまでに感じられなかった充実感を味わっている。

会社の規模は小ぶりかもしれないが、社長を補佐し、まさに経営の実務を担当しているという自負があり、社長からも頼りにされていることが自覚できるからである。

「社長には経営者として見習いたいことが一杯ある。腹も据わっており勘も鋭く、判断が早い。人事はフェアーで、信頼できる人だと思っている」この社長と共にと、鶴見はそう考える。

彼は以前、ワンマン会長率いる、複雑な人間関係の会社に出向し、うまく対応できず短期間で出向元へ戻ったという苦い経験もあり、余計にこの思いは強い。

鶴見はときどき、昔の仕事仲間と飲む機会があるが、最近の仲間内の評判は、「今回は大丈夫だな。少し余裕も出てきたし、やっと終の棲家ならぬ『職場』を見つけたようだな」といった感じだ。

景気低迷が続き、短期間での体制強化はむずかしくても、彼は着実に目標に向かって前進している。

参考にしてみてください。

現役転職コンサルタント

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