転職事例/出向・転籍・退職の場合

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転職事例6/料理の腕も上げ単身赴任もエンジョイ

by tensyoku on 2014年4月19日

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「この“じごぼう”(なめこ茸によく似たきのこ)は茄子と一緒に味噌汁にすると美味しいんですよ」

秋空の下、ゴルフをプレイしながら、カラマツの木立の中で日焼けした井上孝の大きな声が聞こえてきた。この日は、出向元の役員と出向先の社長をまじえた懇親のゴルフだった。

井上は、家族を千葉市に残し、単身で長野県にある現在の会社蓼科プラスチック株式会社に出向して五年になる。

平成元年秋、取締役に就任し、技術部長として新規技術開発・若手の育成指導および社長の片腕として、大車輪の毎日である。

昭和46年に大学の博士課程を卒業した井上は、大手石油化学会社に入社。10年間、加に研究に従事した。その後営業課長になり、新しい顧客開発、それに伴う製造プラントの増設耐山立案等を手がけ、順調に昇格していった。再び研究に戻ったが、この頃から、周囲になんともいわれぬ違和感を覚えるようになった。

案の定、次の年、昇格が見送られ、ついにはライン部長をはずされることになった。それまで座っていた座席には後輩の部長が座り、自身は部長職ながら特命事項担当となり、図書室の片隅に机を与えられて時間を持てあますような、満たされない毎日を過ごすこととなった。

そんな折、井上は本社にある人材開発室を訪ね、昔の仲間の菊池伸郎に今後の自分の身の振り方、活用してくれそうな会社について相談してみた。

「井上さん、長野県にあるプラスチック加工会社の社長にお会いになってみてはいかがですか。社長はあなたのことをよくご存じですから、何か相談にのってくれるかもしれませんよ」

井上は一人で会社を訪問すると、井上の置かれた状況を知っていた先方の社長から、「井上さん、うちの会社に技術部長として来てくれませんか」と声をかけられた。単身で赴任し、今年で15年になる。

出向当初は大企業と中小企業の文化の違いに戸惑った。出向後しばらくして、出向元の会社の営業グループが菊池のところに来て、「どうも、井上さんは浮いているようですよ。ときどき居眠りしていることもあるそうです。一度フォローしてくれませんか」と報告して帰った。

菊池も、それとなく出向先の社長に様子を聞いてみたが、「大丈夫。心配することはありませんよ」という言葉が返ってきた。

一時期そのようなこともあったが、その後組織もすっきりし、井上は豊富な知識と経験を駆使し、地道にプロパー社員との融合に努力した。また、彼の持ち前の明るさが武器となり、社長はじめプロパーの役員、社員、顧客の信頼を得て、その後、同じ会社から後輩が10人出向してきた。

この会社は、グループ全体で従業員330名の加工メーカーで、10名は、それぞれ品質管理・工場管理・業務部・営業部の各部門で活躍している。

井上は仕事の傍ら、春には山菜を、秋にはきのこをとり、山菜料理・きのこ料理の腕を磨き、肉じゃが、手打ちそばなど20種類を超えるレパートリーを持つほど料理の腕前をあげた。「これで老後は心配ないわね」などと、妻からは変な誉められ方をされている。

旬の材料をふんだんに使った料理に腕をふるっては仲間を呼び、うまい酒を用意し、八ヶ岳を眺めながら飲み明かすなど、諏訪市の自然を満喫している。

常務取締役に就任し、技術部門の最高責任者として、海外を含めた全工場を飛び回っている。井上は、最近次のように菊池に心境を詰った。

「ここの土地は、風光明媚な所も多く、何よりもこの会社は、好きなように仕事をやらせてくれるので、社員も家族も幸せになれるように、私を含めた10人はこれからもここで頑張ります」。

参考にしてみてください。

現役転職コンサルタント

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