転職事例/出向・転籍・退職の場合

現役転職コンサルタントが執筆します。

転職事例3/今までのキャリアにとらわれない

by tensyoku on 2014年4月3日

af0100003714l

「技術というものは常にブラッシュアップしていないと、すぐに役に立たないものになりますよ。いつまでも今までのキャリアにしがみついてはいられません」。

朝日化研の取締役営業部長福山昌治は、出身企業のA化学の大竹治彦営業部長にこう語った。

福山が新規販売路線拡大の一環として、中部地区に営業所を開設するため名古屋支社の大竹部長に相談に行ったときに、大竹から出された、「なぜ技術部長から営業部長になったのですか?」という質問に答えたのである。

福山は四三年前に山口の工業高校の機械科を卒業して、人手繊維メーカーのA化学に入社した。

当時繊維メーカーはこぞって化学系、中でも高分子化学専攻の学生を大量に採用しており、福山のような機械出身者は異色な存在だった。

折しも化学業界は、合成樹脂の国産化を開始しており、福山もA化学の関係会社のプラスチック研究所に配属された。当時は、まだ成形技術も未熟で、福山は技術サービス部門で成形技術指導を行い、機械屋の立場で新成形技術を駆使しての新規用途開発に成功し、数々の社内表彰を受け、化学系技術屋を差し置いて技術課長の要職に就くに至った。

健康管理面でも、体力増強のため、工場のランニング同好会に入り、毎日昼休みの昼食前に五キロのランニングで汗を流し、工場内の職場対抗駅伝では、40歳代クラスで入賞するほどの成績だった。

そうした福山も、50歳に達する頃になって、会社での今までの仕事に限界を感じはじめた。成形技術の進歩とともに成形機も進歩し、技術サービスは専ら機械屋から化学屋の世界へと変わっていた。しかも若手の大学卒の化学屋が育ってきたので、いつまでも技術課長にとどまっているわけにもいかなかった。

福山の上司も大学卒で彼よりは四つも年下だったが、福山が技術課長にとどまっているのが忍びなく、もっと実力を発揮できる場所はないものかと苦慮していたのだ。

たまたまその頃、合成樹脂の得意先・朝日化研で技術部長候補を探していることが耳に入った。人物によっては取締役就任の可能性もあるとのことで、福山にその旨打診したところ、本人も乗り気になり、同社の社長との面接で一発で採用が決まった。

当初、出向を前提に話を進めていたが、福山から「出向では前の会社に未練が残るし、行くなら朝日化研に骨を埋めるつもりで、退職して転職したい」と申し出た。

55歳未満の退職であれば、早期退職制度が適用され、退職金が34ヵ月分上積みされることもあり、福山も54歳になって、36年間勤めたA化学を退社することに決めた。

自宅から朝日化研までは通勤に二時間もかかり、会社の独身寮への単身赴任を薦める人もあったが、その通勤時間を勉強時間に当て、早朝の空いた電車の中で本を読むことに徹した。

もともと福山は、A化学時代から30年間、もっぱら顧客への技術サービスを主業務としていたので、朝日化研に勤務しはしめた当初は技術部長として、顧客との技術打ち合わせに積極的に飛び回った。そのフットワークの軽さと顧客あしらいが社長の目に止まり、一年後には、取締役営業部長に抜擢された。

福山ははじめての営業にも意欲的に臨み、販路拡大のために、中部地区・関内地区にも、営業所を開設するに至った。出勤前1時間の読書が、この営業所での仕事に関連するビジネス入門書であったことは言うまでもない。

さらに福山は、こう付け加えた。

「中小企業の営業部長は、なんでもできなければいけません。技術的な問いもその場で即答できることが、相手の信頼を得るのです。幸い私は技術部長をやっていましたから、私1人で技術部長と営業部長が帯同して訪問しているようなもので、お客様にとっては、これほど便利なことはありません。そういう意味では技術知識も常にブラッシュアップをしていくことが必要です。技術は常に進歩しますから。」

そう言う福山の目には輝くものがあった。前向きな人生が成功をもたらした好例である。

参考にしてみてください。

現役転職コンサルタント

Comments are closed.